(^◇^;) チラ裏ばなしは止まらないゼぇ
コンチワっす、はりゆうです。
トレラン擬きぐらいは遊べる感じに回復しました。\(^-^)/
これまでの一週間と昨日の違いは!
パワープレートで震えるか否かです!
おそるべし文明の利器
身体の不調がなんとなく改善しきれない人には、是非試してみてもらいたいです。たぶん感動すると思うのでw
しつこく、昔し話の続き(笑)
中学生の時は一緒の部活をやるのに抵抗しアレほど嫌がっていた兄でしたが、高校になったら成長したのか?打算?というものができるようになったのでしょうね。
そんな兄の心境の変化と、入学以来うしろの席から変な鼻声で なあぁ、なあぁ、としつこく勧誘してくるヤツの所為?で、梅雨に入る前にはヘルメットを被ってグランドを走っていました(笑)。
あとになって知ったのですが、ご近所からは仲良し兄弟と思われていたみたいです(笑)。
ワタクシの故郷、兵庫県には三日月がトレードマークのお洒落なメンズが通う学校があるのですが、そこのメンズ達 ヤサ男かと思いきや、ことアメフトとなると、月の輪熊の如く狂暴になるのです。月の輪熊が狂暴かどうかは知りませんが(汗)。
結局、高校三年間のうち一度も勝つことはできませんでしたが、彼らと勝負するために試行錯誤したその経験は後の人生において大きな核になったと思います。
と、ここまで書いていて思ったのですが
このまま高校編を長々続けていると、なかなか先へ進めないので
そもそも書こうとした本題の、いったん競技を引退した後に再びその競技と向き合った話に戻りたいと思います。(汗)
引退後は、その時マイブームだったゴルフに夢中で取り組みました。それこそ、土日は全てどこかのゴルフ場で昼食を食べている状態でした。
それが神戸に転勤となってからはゴルフへ一緒に行く仲間もあまりいなくなり、土日は家で過ごすことが増えたのですが、家族と顔を向き合わせていると何となく居心地が悪く、、、
週末になると高校生や大学生、社会人など細かくチェックし、試合を見つけてはアメフト観戦する日が続きました。はい、完全に家族から逃げていました(汗)。でもこの時は自分が被害者ぐらいに思っていたのだとおもいます。ハズカシイかぎりです。←このあたりの反省については後日書く機会があれば触れてみたいです。
そんな週末を送る中で、昔は強豪であった地元の企業チームが、本業が傾いたあとチームは解散したと聞いていたのですが残った有志達でクラブチームとして細々と活動を続けていることを知りました。
その地元チームは、ワタクシが高校生の頃、まさに栄華を誇っており尊敬や憧れる先輩方も多数入団していました。そんな縁もあって高校の頃はそのチームへお邪魔して練習方法を教えてもらったり、高校の方へ選手の方々がお越し下さって指導頂いたりもしました。
あのチームがまだ活動している。
3部リーグまで降格していたそのチームですが、戦力さえ揃えられれば再び元にいた場所(トップリーグ)に復帰することを目標にしていました。
よく、第一線から退いた選手が「今後はその競技に恩返しをするため~」みたいな話をすることがあると思いますが、まさにそんな気持ちだったのかもしれません。
この時、ワタクシ年齢は30歳を過ぎておりましたが、体力的にはまだまだヤレるという自負がありました。
そんな想いから、この地元チームの門を叩いたのであります。